プロ入りだけが人生じゃない!スポーツ至上主義に染まらなかった志村亮の生き方はカッコいい!!

先日のプロ野球ドラフト会議の前後の時期から思ったことだけど、即戦力クラスだからといって必ずしもプロ入りすることや五輪・W杯などで活躍することだけが人生じゃない。

これは過去日本球界で大いに注目されたにも関わらずプロ入りせず、自分なりの人生を進んだ慶応義塾大学野球部エースだった志村亮を見て感じたことだ。

志村亮は六大学野球在学中からすでにプロ野球での即戦力クラスと評されていた。大学時代には4年生の時の5試合連続完封をはじめ、4年間通算で31勝17敗、防御率1.82、295奪三振という好成績を残した。まさしく当時ドラフトでも注目度トップであり、NPBの9チームから誘われたが、自分なりの夢、つまり不動産会社で働くことにこだわり、あらかじめプロ入りは拒否したのだ。最終的には指名なしのまま、硬式野球部がない三井不動産に就職。この時球界では「幻のドラフト1位」と惜しまれたものだ。

三井不動産入社後は、三井グループ内での軟式野球を楽しんだり、硬式野球ではクラブチームのWIEN BASEBALL CLUBを経て、WIEN'94には設立当初から参加し投手として活躍。さらに全日本クラブ野球選手権大会でも活躍した。WIEN'94では2008~2010年に監督も経験。野球そのものを捨てたわけではなかった。

そこまで野球の技術のみならず愛情もあった人物だが、それでもプロ野球入りしなかったのは以下のコメントからわかる。

「『実力を試してみたい』などと軽い気持ちで入れる世界ではない。この世界は体を壊したり、実力不足と判断されたらすぐに戦力外通告を受けるから。当時すでに『それでも一生を捧げるつもりで入るか』という考えはなかった。」

「『覚悟のない選手が足を踏み入れちゃいけない』と、思い切ることができなかった。」

賢い考え方だと思う。
最近プロ野球では、高校時代に甲子園で活躍した選手が大学進学を表明すると、特にネット上では批判や悲観論が見られるようになった。
それは早稲田実業高校で「ハンカチ王子」ともてはやされた斎藤佑樹が大学経由した末に日本ハムに入団し、苦戦が続き、大学4年間でコンディション問題やフォーム変更など余儀なくされて、高校卒でプロ入りした方が大学より高レベルで揉まれたからだという説があるからだ。そのため今回のドラフトでは甲子園活躍組は軒並み高卒でプロ入り表明し、やはりネット上では安堵の声が聞かれた。

それでもはっきり言おう。プロ入りだけが人生ではない。もし高卒でプロ入りしても、自分以外の選手のほとんどは同様に特別な才能を持っているはず。そんな世界で少しでも隙を見せたり、不運に泣かされたら、まさに取り返しがつかなくなるというもの。大学進学を希望する選手に対して、「プロを引退してからでも行けるだろう」と批判する声もあるが、しばらく野球漬けの生活を続け、それが終わってから大学進学しようとしても、勉強不足だし、習慣がないため、途中で頓挫するのがオチというもの。むしろプロスポーツという世界は、本気でやりたい人材だけが進めばいいはず。そういう気持ちが足りない人材は、過去にも見られたように、酒や女、車遊びに溺れたり、引退してから目標がなく自暴自棄になったり、ひどい場合は凶悪な事件を起こすケースもある。そんなことで人生自滅させてしまうくらいなら、プロ入りするかどうか、時間をかけてでもしっかり考えればいい。むしろ本当に日本代表クラスやワールドクラスの人材なら、遠回りしても相応の結果は出せるのだから。

それにしても志村亮は今考えても本当にカッコいい選択をしたと思う。あらかじめやりたいことがあったからこそ、何年経ったとしてもプロ入り拒否を後悔せず、自分の人生を大いに楽しんでいる。少なくともプロ入りしながら大した結果も出せず人知れず引退したり、相撲でいえば、長年見られた八百長に手を染めてはした金を稼ぐよりも好感が持てるというもの。しかも志村の場合、一部報道で契約金1億円以上は確実といわれたが、それに対しても「1億円もらってもいかない」と答えたことがあり、その本気度は素晴らしいと思った。昨今日本に蔓延するスポーツ至上主義とは無縁といえよう。

最近日本ではスポーツ至上主義といわれるほど、スポーツさえできれば何をしても許されるという風潮が目立ち、私はそれに対して非常に怒りや不満を感じる。スポーツができない(運動神経が劣る)人がその分無駄に尻ぬぐいさせられたり、不要にストレスを貯めるなど、苦労する羽目になるからだ。まして近年はスポーツの国際大会で日本代表は商業的・政治的事情で不自然すぎるほど贔屓されることが多い。これでは一般の国民はスポーツを楽しむどころか劣等感に苛まれるだけだ。

だからこそスポーツで突出した実力を持ち、自信まで漲るような人材でも、よほどの理由がないなら安易にプロ入りしなくてもいいのではないか。そもそもよほど不摂生でない限りは、プロ生活よりも引退後の生活の方が長くなるはず。そう考えるとプロアスリート自体、一般国民から見れば異常であり、引退後もそのような異常な習慣にとらわれていては人間としてマイナスでしかない。そもそもプロスポーツで成功している人材は、スポーツさえできれば何をしてもいいという環境に身を置いていたケースが多いが、そんな歪んだ考え・価値観は本来邪道だ。どうせ成功するのはごく一握りなのだから、学生時代成功したとしても、無理にプロ入りする必要はないはず。むしろスポーツなんて学生時代だけ本気で楽しめばいいと割り切るのがダンディズムではないか。今後はそういうダンディな価値観が定着すれば、歪んだスポーツ至上主義に歯止めがかかると思う。スポーツ以外でやりたいことがあるなら是非そちらに進むべきだ。もうこれ以上日本社会がスポーツ至上主義に染まるのは見たくない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 16

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

真実
2018年11月17日 19:48
世の中安易な考えの人間が多く、マスコミなんかは平気でそれを煽ったりする。
私の友人に絵や漫画を描くのが趣味な人がおり、これがまた結構巧い。本人言うには「描いているうちに巧くなった」とのこと。ところがこの友人、飲み屋なんかで説教好きのおっさんに「その才能を世の中に出せ」とかなんとか言われてウンザリしているそうだ。彼の才能は彼の物であっておっさんどもの物ではない。
「絵は趣味でやっているから面白く、それを仕事にしたら面倒くさいことになるし、絵を描くこと自体にウンザリする日がくるかもしれない」
とは彼の言。実際彼は絵で生計を立てなくともきちんと仕事を持っているし、彼が仕事で作ったパワーポイントなんか見るとそのセンスがよく表れている。彼自身自分の画才が中途半端に優れていることを自覚しているようだ。本文の志村もそうだが、自分の才能の使い道をよく知っているうえに、承認欲求や世間の煽りに振り回されない自分の軸を持っている。賢い。

これは良エントリー。世の中に広まって欲しい。

この記事へのトラックバック