最近プロ野球で乱闘減少!技量や意識は向上したが人生を乗っけるほどの感動はなくなったね!

近年思ったことだが、プロ野球での乱闘がほとんど見られなくなった。いや、サッカーや他の競技でも審判の判定に対する見苦しい抗議はあっても、一触即発や目が血走るほどの熱いバトルはほぼ見られない。もちろんサッカーではラフプレー一つでレッドカードが出るくらいだから下手なマネはできないが、それにしても最近プロ野球をはじめ、日本スポーツ界は技術向上は見られるものの、乱闘などギラギラした要素がだいぶ減ってしまったのは事実。

実は先日、ネット上で「「プロ野球の乱闘離れ」が進行中 一体理由は何なのか?」というタイトルの記事を目にして、自分としてもすごく気になっていた。むしろ以前なら乱闘こそプロ野球の華とまでいわれていたはず。暴力は本来よくないものの、それでも特にプロ野球においてはギラギラした雰囲気がなくなったのは残念だし、これもプロ野球が一時期より人気低下した理由の一つと思える。

そのプロ野球では最近よくいわれるのが、「チームの垣根を超えた友達付き合いが目立つ」ということだ。

考えられるのは、近年の選手はゆとり教育の影響もあるのか、「楽しく野球をやりたい」「体罰や軍隊式でなく、自分で考えてやりたい」という風潮が目立つことだ。確かにかつてはPL学園野球部の超スパルタ教育が異端視されておらず、野球をある意味ケンカととらえていた節もあり、野球の試合で小競り合い、さらに乱闘になった場合にベンチから出てこなかった選手は試合後に殴られることも多かった。だが、年月の経過、ゆとり教育の影響などによって、PL学園野球部をはじめとする体罰主義やスパルタ教育が淘汰されるようになってきた。現に2016年の清原和博覚せい剤問題も、一部ではPL野球部の理不尽なやり方による反動という声もみられ、体罰も超スパルタ教育もタブー視されていった。そういう背景で、近年日本では野球のみならずアスリートの多くが「自由放任で楽しむ」ことに重きを置くようになったのだろう。最近では、プロ野球でも開幕前の自主トレについても、学閥とは関係なく、他球団の選手同士で一緒に練習するケースが多くなった。この現象について野球界OBの多くは「選手同士が仲良くなりすぎ」と嘆いている。

また、近年は野球ではWBC、五輪、サッカーでは五輪、W杯など世界で戦うべく代表チーム活動が多くなっている。そのため、異なるチームの主力クラスが一蓮托生になる。召集された選手たちはお互いに世界を意識し、積極的に情報交換するようになり、それが高じて、かつてのような「自分以外はすべて敵」という感情よりも、お互いにレベルを高め合いたいという関係になっていったような気がする。サッカーACLでも今年は不参加の浦和の選手が参加チームに対して、近年対戦した相手チームの情報を提供するという記事もみられる。

だがこうした代表活動に対しても、野球界では「これから敵味方に分かれて戦おうという時期に、日本代表の試合を組むのはいかがなものか」という疑問の声が上がっている。

そりゃそうだ。かつては同じ学校の先輩・後輩の関係で敵味方に分かれて戦う場合こそ、後輩が先輩にわざわざあいさつに行くのは当たり前で、それを怠ると殴られるという話もあったが、そういうしがらみがなければ、試合前に対戦相手にあいさつに行くだけでも異端だった。そして試合が始まると殺伐とした雰囲気になり、ちょっとした死球や判定の問題で熱くなって乱闘というのが当たり前。球界ではその乱闘で最も輝いていたのが、今年1月に亡くなられた故・星野仙一氏だった。星野氏は特に巨人戦で燃える男といわれ、アンチ巨人にとっての希望の星であり、中には星野氏の乱闘を目当てにする野球ファンすら少なからずいたくらいだ。星野氏は外国人に対しても臆することなく牙をむいていたが、その外国人選手も以前とは事情が異なる。

以前の外国人選手だと、必ず「やられたらやり返す」と言わんばかりに乱闘では先陣を切っていた。中には日本人を「ジャップ」とナメていたケースもあった。だが近年は成績よりも性格やコミュニケーションという面を重視し、年俸でもどんぶり勘定というケースはあまり見られない。外国人選手獲得については、Jリーグが発足5年目くらいから大物外国人獲得が減り、無印良品的な外国人で成功するケースが多くなったことも、野球界に影響を与えていると思う。そして日本のスポーツ全体が、無名でも質の高い外国人を見て、いい刺激を受けて下手なパフォーマンス・小細工ではなく、技術を高め、ひいては国際舞台へと意識を高めるようになったといえよう。

だが技術・意識が向上したものの、一方で泥臭さやギラギラした闘争心が見られなくなったような気もする。もともとスポーツ観戦は余暇でしかない。まして最近は値上げばかり続き、国民の多くは生活が苦しく、余暇を断念するケースも珍しくはない。そうした国民たちの目を引くのはやはり本気度が一番大事なのではないか。

本気度といえば、スポーツには反骨心も必要だ。かつて中日や阪神は巨人戦で非常に燃えていたはずだが、近年は巨人に負けても中日・阪神ファンはブーイングどころか笑顔で拍手したり、巨人ファンと仲良くし過ぎに思える。一方、パ・リーグでは1990年代に西武一強だった中で、当時近鉄の仰木彬監督は事あるごとに西武包囲網を唱え、投手ローテーションも西武潰しを優先していた節があった。そのおかげでパ・リーグは徐々に注目度を高め、近鉄は1989年に奇跡的優勝を達成したのだ。

仰木監督は本当に面白かった。実力ではどうしようもないほどの強敵を倒すために、乱闘や暴力は極力排し、目まぐるしいアイデアで毎年西武に食らいついたのは尊敬に値する。だが現在は野球界もさることながら、他のスポーツでも技術向上だけで、必ずしも人気向上につながっていない。サッカーの浦和ですら象徴的な例がある。ACLで2回優勝しており、2007年は分厚い戦力が揃い、個の能力任せなところが目立ったが、それ以上に強い信念が感じられた。だが昨年の浦和はミハイロ・ペトロビッチ監督時代に培われた技術の高さと堀孝史監督(4月2日に解任された)の掲げた守備意識の高さは見られたものの、2007年ほどの感動はなかった。まさに技術向上だけでは今どき人の心を引き付けられない例といえる。その点、野球における仰木氏のアイデアと人心掌握、星野氏の打倒巨人への熱い思いは、まさに球界における本気度の象徴といえよう。スポーツには時として技術を凌駕する要素が必要だとわかる。

やはり日本のスポーツに必要なのは上辺だけのものではなく、ビギナーの方にもわかる程の本気で戦う意志が感じられるかということになる。もちろん過去にあったような震災ジャッジなどは許されない。それでも先述したように、小細工なしで本気度を見せて栄光をつかんだチーム・監督は少なからずいるのだ。それができなくて技術面など上辺だけ取り繕うだけなら、スポーツなんて人生を乗っけるほどの価値・感動はないんじゃないかな。少なくとも自分の大好きなスポーツだけでメシを食わせてもらっているアスリートなら、単に技術をひけらかしたり、海外での活躍希望を語るなど、優等生気取りなマネをするのではなく、相応の責任を果たすべきだよ。

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