星野仙一まさかのすい臓がん死!だが野球界の歴史を変えたナイスガイでカッコよかったぜ!

2018年早々、衝撃的なニュースが迸った。何と、プロ野球きっての闘将星野仙一氏が1月4日に亡くなったのだ。死因はすい臓がん。70歳でまだまだ球界に多大な影響力を及ぼし、理想の上司としても注目されていただけに野球ファンならずともショッキングな話だ。

2017年時点でも殿堂入りの時など仕事に支障はなく元気にふるまっていたはずだが、実のところ同年暮れ、すなわち2週間くらい前には膵臓癌の症状が悪化しており、年明け4日に亡くなったとのこと。なかなか関係者などに報告などがなく、ここにきて突然の形となったのは、星野仙一ならではの「人前では強気で在り続けたい」という哲学によるところだったのだろう。実際楽天イーグルスによるリリース文でもそう報じられていた。まさに最後まで星野仙一の男気や強さが感じられた。
謹んでご冥福をお祈りさせていただきます。

星野仙一といえば、野球界、もしかすると日本の歴史上でも指折りのナイスガイといえる。たくさんのエピソードがあるが、過去に記事などでみたものなど自分が印象に残ったものを述べていこう。

学生時代から既に野球番長といわれるなど、よくケンカ騒ぎが目立ったが、それでも星野なりの哲学はあった。

①弱い者イジメはしない ②相手が何人だろうが一人で戦う 
③ならず者の思いに任せた暴力は、絶対許さない


実際、仲間や後輩がよその学校の連中にやられたときには自らケンカに出向き敵討ちを果たし続けた。警察に呼ばれることも多かったが、上記の3つの決め事があったからか、警察も理解してくれていたようだ。同時に母子家庭だったが、母親をはじめ、お世話になった方々に恥をかかせたり、裏切るようなマネはできないという男気も幼いころからあったといわれる。いい母親に育てられたようだ。

プロ野球における星野仙一闘将伝説の始まりは、明治大学卒業時のドラフトでのこと。実は当時星野氏は熱狂的巨人ファンで、1968年ドラフト会議の直前には、「田淵がとれなかったら星野君を1位に」と巨人スカウトから口約束をもらっていたが、巨人が指名したのは「星野」ではなく、「島野」。「”星”と”島”の間違いじゃないのか!?」とブチ切れたのは有名な話。ここから野球界の歴史を変えることになる「打倒巨人」物語が始まったのだ。

プロ入り後、1974年にはエース投手として何度も巨人に抗った末に、中日が巨人との優勝争いを制し、巨人のV10を阻止。

1987年の監督就任当初、巨人入りが99%決定的だった当時の三冠王落合博満獲得のために中日きっての人気投手など4人を支払う4対1トレードで落合強奪。同年開幕後には宮下昌己投手がウォーレン・クロマティに死球をぶつけたことで殴られた際、星野監督は「やられたらやり返すんじゃ!!」とばかりに大乱闘。これが星野仙一「監督」としての最初の乱闘劇。

1990年には恒例行事ともなった巨人戦での乱闘で、止めに入った水野雄仁投手に取り押さえられるとビンタ一発。巨人ファンでなければ見ててスカッとする瞬間だった。

1996年にはメークドラマで大反攻を見せた巨人との優勝争いを演じた。目の前で巨人に優勝された際、インタビューで「巨人ファンの皆さん、おめでとう!」と叫ぶ。こんな状況下でもやはり球界を盛り上げてくれた。
また同年最終戦には、巨人松井秀喜と中日山崎武司の本塁打王争いの際、中日で松井を敬遠しようとした投手に星野監督が「敬遠なんて女々しい真似するな!勝負しろ!後は山崎が打てばいいんじゃ!!」と一喝。今の日本社会ではこれほど男らしいことができる人材はいないだろうな。
ただし、2011年10月8日のスポニチでは、星野監督の方が「指示?そんな余計なことは言わん。打たれたら一生言われ続けるぞ。甘いんだよ巨人は。不満があるなら、ここに来るまで松井が1本多く打っておけばいいだよ」と暗に自分の方が敬遠の指示を出したと思える記事が書かれていたが、これは明らかに巨人びいきの記事(https://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/pro_calendar/1110/kiji/K20111008001768850.html)で信ずるには値しない。

2002年には阪神の監督に就任するが、その際、中日ファンの感情を傷つけず、阪神ファンからも快く受け入れられるように色々配慮したらしいが、元来熱血闘将のイメージが強い星野氏が実はしたたかな戦略家でもあったと報じられたのがこの時期。もうこの時代でも単なる熱血だけでは時代錯誤といわれていた。かねてからの鉄拳制裁も相撲界のような感情的なものではなく、状況に応じて演出も含まれていたというだけに、「熱く、冷静に」を地で行くカッコいいナイスガイだと痛感させられたものだ。

2003年4月11日東京ドームでの巨人戦で、一時6点リードしながら最終回に追いつかれ、延長で8-8の引き分け。従来星野監督を知る人からすればさすがにこの時だけはロッカールームが血の海になると見られていたが、「俺のミスだ、すまん」と選手に謝罪。だがここから優勝に向けて快進撃というのだから、まさにこの謝罪劇でチームはまとまったといえる。

監督としての極めつけは2013年楽天イーグルスでの日本一だろう。就任は2011年、ちょうど東日本大震災があったときだ。だが当時戦力面はまだ乏しく、同時期のベガルタ仙台や阪神大震災の時のオリックスとは違って、震災直後から2年間続いたような震災ジャッジはなく、星野政権3年目は期待されてなかった。だがチームは勢いとまとまりがあり、中でもマー君こと田中将大(現ヤンキース)が怪物の如くシーズン無傷の24連勝達成。日本シリーズでも巨人を倒し、星野監督としては初の日本一達成。小粒な戦力ながら震災ジャッジなしでの日本一達成はまさにあっぱれ!

あらためて星野仙一氏は野球界において、特に巨人戦に燃えていたのがわかる。V10阻止、幾多の乱闘劇、楽天での日本一などが象徴的だ。もしここで巨人に勝てなかったらというタイミングで巨人の足を掬ったことで、永遠に続くと思われた巨人一強を防いだのは素晴らしい。2005年秋には巨人監督就任の噂もあったが、一部巨人OBから「生え抜き以外ダメ!」「星野は日本シリーズで優勝してないからダメ!」と猛烈に反対された。だが当時反対されてよかったと思う。星野仙一は常に巨人に抗い、野球界を盛り上げ、同時に巨人偏重の歴史を変えてくれたナイスガイなのだから。

折しも最近は相撲での暴力問題があり、被害者力士を本気で守ろうとした貴乃花親方が理不尽な処分を受けてしまった。日本の国技相撲でもこんな悪しき茶番が発生するくらいだから日本社会は本当に腐敗してきているなあと思った。こういうタイミングだからこそ、今後他のスポーツでも、政治・芸能界でも新たに「星野仙一」が出てくればいいのだが・・・。

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この記事へのコメント

ぽか
2018年01月07日 10:54
かつて星野仙一といえばスパルタ教育で怖かったけど、選手思いで、何より権力者的な巨人に必死に牙を剥く姿はカッコよかった。最近は政治で自民党の国民無視ともいえる暴力的な政策に反論する人もどんどん少なくなり、このままでは日本は一部のめぐまれた環境に生まれて得をしてる連中だけが報われる超格差社会になってしまう。そんな暴力社会化を止めるためには野党に星野仙一みたいな人物が現れてほしい。そして自民党を論破して、大増税も憲法改悪も阻止してほしいものだ。

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